レビ族の人で、使徒たちからバルナバ――「慰めの子」という意味――と呼ばれていた、キプロス島生まれのヨセフも、

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レビ族の人で、使徒たちからバルナバ――「慰めの子」という意味――と呼ばれていた、キプロス島生まれのヨセフも、 持っていた畑を売り、その代金を持って来て、使徒たちの足元に置いた。 ところが、アナニアと言う人は、妻のサフィラと相談して財産を売り、 妻も承知のうえで、代金の一部を取っておき、その残りを持って来て使徒たちの足元に置いた。 すると、ペトロは言った。「アナニア、なぜ、あなたはサタンに心を奪われ、聖霊を欺いて、土地の代金の一部を取っておいたのか。 売らないでおけば、あなたのものだったし、また、売っても、その代金は自分の思いどおりになったではないか。どうして、こんなことをする気になったのか。あなたは人間を欺いたのではなく、神を欺いたのだ。」 この言葉を聞くと、アナニアは倒れて息が絶えた。そのことを耳にした人々は皆、非常に恐れた。 若者たちが立ち上がって死体を包み、運び出して葬った。 それから三時間ほどたって、アナニアの妻がこの出来事を知らずに入って来た。 ペトロは彼女に話しかけた。「あなたがたは、あの土地をこの値段で売ったのか。言いなさい。」彼女は、「はい、その値段です」と答えた。 ペトロは言った。「二人で示し合わせて、主の霊を試すとは、何としたことか。見なさい。あなたの夫を葬りに行った人たちが、もう戸口まで来ている。今度はあなたを担ぎ出すだろう。」 すると、彼女はたちまちペトロの足元に倒れ、息が絶えた。若者たちは入って来て、彼女の死んでいるのを見ると、担ぎ出し、夫のそばに葬った。 教会全体とこれを聞いた人は皆、非常に恐れた。

さて、あなたがたが私への心遣いを、ついにまた表してくれたことを、私は主にあって非常に喜びました。今までは思いはあっても、

さて、あなたがたが私への心遣いを、ついにまた表してくれたことを、私は主にあって非常に喜びました。今までは思いはあっても、それを表す機会がなかったのでしょう。 物欲しさにこう言うのではありません。私は、自分の置かれた境遇に満足することを学びました。 貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹することにも、飢えることにも、有り余ることにも、乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。 私を強めてくださる方のお陰で、私にはすべてが可能です。 それにしても、あなたがたは、よく私と苦しみを共にしてくれました。 フィリピの人たち、あなたがたも知っているとおり、私が福音の宣教の初めにマケドニアから出かけて行ったとき、会計を共にしてくれた教会は、あなたがたのほかに一つもありませんでした。 テサロニケにいたときにも、あなたがたは私の窮乏を救おうとして、何度も物を送ってくれました。 贈り物を当てにして言うわけではありません。むしろ、あなたがたの帳簿を黒字にする実りを求めているのです。 私はあらゆるものを受けており、有り余るほどです。そちらからの贈り物をエパフロディトから受け取って、満ち足りています。それはかぐわしい香りであり、神が喜んで受けてくださるいけにえです。 私の神は、ご自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスにあって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださいます。 私たちの父なる神に、栄光が世々限りなくありますように、アーメン。

このことについては、話すことがたくさんありますが、あなたがたの耳が鈍くなっているので、容易に説明できません。

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このことについては、話すことがたくさんありますが、あなたがたの耳が鈍くなっているので、容易に説明できません。 あなたがたは、長らく教師をしていながら、神の言葉の初歩をもう一度誰かに教えてもらわねばならず、また、固い食物ではなく、乳を必要とする始末だからです。 乳を飲んでいる者は皆、幼子ですから、義の言葉を味わったことがありません。 固い食物は、習慣によって善悪を見分ける感覚を鍛えられた、大人のためのものです。 ですから私たちは、死んだ行いの悔い改め、神への信仰、種々の洗礼(バプテスマ)についての教え、手を置く儀式、死者の復活、永遠の裁きといった教えを今さら学び直すようなことはせず、キリストの教えの初歩を後にして、完成を目指して進もうではありませんか。 神のお許しを得て、そうすることにしましょう。 ひとたび光に照らされ、天からの賜物を味わい、聖霊にあずかる者となり、神のすばらしい言葉と来るべき世の力を味わいながら、 後に堕落した者たちは、再び悔い改めへと立ち帰ることはできません。神の子を自分でまたもや十字架につけ、さらし者にしているからです。 土地は、度々その上に降る雨を吸い込んで、耕す人々に役立つ作物をもたらすなら、神の祝福にあずかります。 しかし、茨やあざみを生えさせるなら、無用なものとなり、やがて呪われ、ついには焼かれてしまいます。

しかし、愛する人たち、こうは言うものの、私たちはあなたがたについて、もっと良いこと、救いに関わることがあると確信していま

しかし、愛する人たち、こうは言うものの、私たちはあなたがたについて、もっと良いこと、救いに関わることがあると確信しています。 神は不義な方ではないので、あなたがたの働きや、あなたがたが聖なる者たちに以前も今も仕えることによって、神の名のために示したあの愛をお忘れになることはありません。 私たちは、あなたがた一人一人が、同じ熱心さを示して、最後まで希望を持ち続けてくれるよう願っています。 あなたがたが怠け者とならず、信仰と忍耐とによって、約束を受け継ぐ人たちに倣う者となるためです。 神は、アブラハムに約束をする際に、ご自身より偉大な者にかけて誓えなかったので、ご自身にかけて誓い、 「私は必ずあなたを大いに祝福し、あなたを大いに増やす」と言われました。 こうして、アブラハムは忍耐の末に、約束のものを得ました。 そもそも人間は、自分より偉大な者にかけて誓うのであって、その誓いはあらゆる反論を終わらせる保証となります。 そこで、神は約束のものを受け継ぐ人々に、ご計画の不変であることを、いっそうはっきり示そうと考え、誓いをもって保証されたのです。 それは、この二つの不変の事柄によって――この事柄に関して、神が偽ることはありえません――目の前にある希望を手にしようと世を逃れて来た私たちが、力強く励まされるためです。 私たちはこの希望を、魂のための安全で確かな錨として携え、垂れ幕の内側へと入って行くのです。 イエスは、私たちのために先駆者としてそこへ入って行き、永遠にメルキゼデクに連なる大祭司となられました。

目覚めよ、目覚めよ

力をまとえ、シオンよ。

美しい衣をまとえ、聖なる都エルサレムよ。

無割礼の汚れた者が

あなた

目覚めよ、目覚めよ 力をまとえ、シオンよ。 美しい衣をまとえ、聖なる都エルサレムよ。 無割礼の汚れた者が あなたの中に入ることは二度とない。 塵を払い落として立ち上がれ。 座に着け、エルサレムよ。 あなたの首の縄目を振りほどけ、捕囚の娘シオンよ。 主はこう言われる。 あなたがたはただで売られた。 それゆえ、金を払わずに贖われる。 主なる神はこう言われる。私の民は、初めにエジプトに下り、そこに寄留した。また、アッシリア人がその後、彼らを抑圧した。 今、ここで私は何をしよう――主の仰せ。私の民はただで奪い取られ、民の支配者たちは泣き叫んでいる――主の仰せ。私の名は、日夜、絶え間なく侮られている。 それゆえ、私の民は私の名を知るようになる。その日、「私はここにいる」と告げる者、それが私だ。 なんと美しいことか 山々の上で良い知らせを伝える者の足は。 平和を告げ、幸いな良い知らせを伝え 救いを告げ シオンに「あなたの神は王となった」 と言う者の足は。 聞け、あなたの見張りが声を上げ 共に喜び歌う。 主がシオンに帰られるのを 彼らは目の当たりにするからだ。 歓声を上げ、共に喜び歌え、エルサレムの廃虚よ。 主がその民を慰め、エルサレムを贖われたからだ。 主はその聖なる腕を すべての国民の目の前にあらわにされた。 地の果てのすべての者が、私たちの神の救いを見る。

天使はまた、私にこう言った。「これらの言葉は、信頼でき、また真実である。預言者たちに霊感を授ける神、主が、その天使を送っ

天使はまた、私にこう言った。「これらの言葉は、信頼でき、また真実である。預言者たちに霊感を授ける神、主が、その天使を送って、すぐに起こるべきことを、ご自分の僕たちに示されたのである。 見よ、私はすぐに来る。この書の預言の言葉を守る者は、幸いである。」 これらのことを聞き、また見た者は、私ヨハネである。聞き、また見終わったとき、私は、これらのことを示してくれた天使の足元にひれ伏して、拝もうとした。 すると、天使は私に言った。「やめよ。私は、あなたや、あなたのきょうだいである預言者たちや、この書の言葉を守っている人たちと同じく、仕える者である。神を礼拝せよ。」 また、私に言った。「この書の預言の言葉を、秘密にしておいてはいけない。時が迫っているからである。 不正を行う者はさらに不正を行い、汚れた者はさらに汚れた者となれ。正しい者はさらに正しいことを行い、聖なる者はさらに聖なる者となれ。 見よ、私はすぐに来る。私は、報いを携えて来て、それぞれの行いに応じて報いる。 私はアルファでありオメガ、最初の者にして最後の者、初めであり終わりである。 命の木にあずかる権利を与えられ、門を通って都に入ることができるように、自分の衣を洗い清める者は幸いである。 犬ども、魔術を行う者、淫らな行いをする者、人を殺す者、偶像を拝む者、すべて偽りを好み、また行う者は、都の外に置かれる。 私イエスが天使を送り、諸教会についてこれらのことをあなたがたに証しした。私は、ダビデのひこばえ、その子孫、輝く明けの明星である。」 霊と花嫁が共に言う。「来りませ。」これを聞く者も言うがよい。「来りませ。」渇いている者は来るがよい。命の水が欲しい者は、価なしに飲むがよい。 この書の預言の言葉を聞くすべての者に、私は証しする。これに付け加える者があれば、神はこの書に書いてある災いをその者に加えられる。 また、この預言の書の言葉から何か取り去る者があれば、神は、この書に書いてある命の木と聖なる都から、その者が受け取る分け前を取り去るであろう。 これらのことを証しする方が言われる。「然り、私はすぐに来る。」アーメン、主イエスよ、来りませ。 主イエスの恵みがあなたがたすべての者と共にあるように。

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