見よ、私が支える僕

私の心が喜びとする、私の選んだ者を。

私は彼に私の霊を授け

彼は諸国民に公正をもたらす。

彼

見よ、私が支える僕 私の心が喜びとする、私の選んだ者を。 私は彼に私の霊を授け 彼は諸国民に公正をもたらす。 彼は叫ばず、声を上げず、巷にその声を響かせない。 傷ついた葦を折らず くすぶる灯心の火を消さず 忠実に公正をもたらす。 彼は衰えず、押し潰されず ついには、地に公正を確立する。 島々は彼の教えを待ち望む。 天を創造し、これを延べ 地とそこから生ずるものを広げ その上に住む民に息を与え その中を歩む者に霊を授けられる方 主である神はこう言われる。 主である私は義をもってあなたを呼び あなたの手を取り、あなたを守り あなたを民の契約とし、諸国民の光とした。 目の見えない人の目を開き 捕らわれ人を牢獄から 闇に住む者を獄屋から連れ出すためである。 私は主、これが私の名。 私の栄光を他の者に 私の誉れを偶像に与えることはない。 見よ、先にあったことは実現した。 そこで、私は新しいことを告げよう。 それが起こる前に 私はあなたがたに聞かせよう。 主に向かって新しい歌を 地の果てからその誉れを歌え。 海に漕ぎ出す者、海とそこに満ちるもの 島々とそこに住む者も。 荒れ野とその町よ。 ケダル人の住む村よ、声を上げよ。 セラに住む者よ、喜び歌え。 山々の頂から大声で叫べ。 主に栄光を帰し その誉れを島々に告げよ。 主は勇士のように出て行き 戦士のように熱情を奮い立たせ 鬨の声を上げ、雄たけびを上げ その敵に向かって力を誇示される。

指揮者によって。笛に合わせて。賛歌。ダビデの詩。

主よ、私の言葉に耳を傾けてください。

私のつぶやきを聞き分けてくだ

指揮者によって。笛に合わせて。賛歌。ダビデの詩。 主よ、私の言葉に耳を傾けてください。 私のつぶやきを聞き分けてください。 私の叫びに心を向けてください。 わが王、わが神よ。 私はあなたに祈っています。 主よ、朝に私の声を聞いてください。 朝が来る度に、あなたに向かって身を整え 待ち望みます。 あなたは不正を喜ぶ神ではなく あなたのもとに悪がとどまることはありません。 驕る者は、あなたの前に立つことはできません。 あなたは、悪事を働く者すべてを憎み 偽りを語る者を滅ぼします。 血を流す者と欺く者を主は忌み嫌います。 しかし私は、豊かな慈しみによって あなたの家に入り あなたを畏れ敬いつつ、聖なる宮にひれ伏します。 主よ、義によって導いてください。 私に敵対する者がいます。 私の前にあなたの道をまっすぐにしてください。 彼らの口は確かなことを語らず その腹は腐っています。 舌は滑らかでも、喉は開いた墓。 神よ、彼らに罪を負わせてください。 その謀のために、倒れますように。 度重なる背きのゆえに、彼らを追い出してください。 彼らはあなたに逆らったのです。 あなたのもとに逃れるすべての者が喜び とこしえに喜び歌いますように。 あなたは彼らを覆い 御名を愛する者があなたを喜び祝いますように。 主よ、あなたは正しき者を祝福し 御旨の盾で守ってくださいます。

きょうだいたち、世があなたがたを憎んでも、驚いてはなりません。

私たちは、自分が死から命へと移ったことを知っています。

きょうだいたち、世があなたがたを憎んでも、驚いてはなりません。 私たちは、自分が死から命へと移ったことを知っています。きょうだいを愛しているからです。愛することのない者は、死の内にとどまっています。 きょうだいを憎む者は皆、人殺しです。人殺しは皆、その内に永遠の命をとどめていないことを、あなたがたは知っています。 御子は私たちのために命を捨ててくださいました。それによって、私たちは愛を知りました。だから、私たちもきょうだいのために命を捨てるべきです。 世の富を持ちながら、きょうだいが貧しく困っているのを見て憐れみの心を閉ざす者があれば、どうして神の愛がその人の内にとどまるでしょう。 子たちよ、言葉や口先だけではなく、行いと真実をもって愛そうではありませんか。 これによって、私たちは真理から出た者であることを知り、神の前に心を安らかにされるのです。 たとえ心に責められることがあろうとも、神は、私たちの心よりも大きく、すべてをご存じだからです。 愛する人たち、心に責められることがなければ、私たちは神の前で確信を持つことができます。 願うものは何でも、神からいただくことができます。私たちが神の戒めを守り、御心に適うことを行っているからです。 神の御子イエス・キリストの名を信じ、この方が私たちに命じられたように、互いに愛し合うこと、これが神の戒めです。 神の戒めを守る人は、神の内にとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます。神が私たちの内にとどまってくださることは、神が私たちに与えてくださった霊によって分かります。

私たちが神の子どもと呼ばれるために、御父がどれほどの愛を私たちにお与えくださったか、考えてみなさい。事実、私たちは神の子

私たちが神の子どもと呼ばれるために、御父がどれほどの愛を私たちにお与えくださったか、考えてみなさい。事実、私たちは神の子どもなのです。世が私たちを知らないのは、神を知らなかったからです。 愛する人たち、私たちは今すでに神の子どもですが、私たちがどのようになるかは、まだ現されていません。しかし、そのことが現されるとき、私たちが神に似たものとなることは知っています。神をありのままに見るからです。 神にこの望みを抱く人は皆、御子が清いように自分を清くするのです。 罪を犯す者は皆、不法を行っています。罪とは不法のことです。 あなたがたが知っているように、御子は罪を取り除くために現れました。御子には罪がありません。 御子の内にとどまる人は皆、罪を犯しません。罪を犯す者は皆、御子を見たこともなく、知ってもいないのです。 子どもたちよ、誰にも惑わされないようにしなさい。義を行う者は、御子が正しいように正しい人です。 罪を犯す者は、悪魔から出た者です。悪魔は初めから罪を犯しているからです。神の子が現れたのは、悪魔の働きを滅ぼすためです。 神から生まれた人は皆、罪を犯しません。神の種がこの人の内にとどまっているからです。この人は神から生まれたので、罪を犯すことができません。 これによって、神の子どもと悪魔の子どもとの区別がはっきりします。義を行わない者は皆、神から出た者ではありません。きょうだいを愛さない者も同様です。 なぜなら、互いに愛し合うこと、これがあなたがたが初めから聞いている教えだからです。 カインのようになってはなりません。彼は悪い者から出て、兄弟を殺しました。なぜ殺したのか。自分の行いが悪く、兄弟の行いが正しかったからです。

「私はまことのぶどうの木、私の父は農夫である。

私につながっている枝で実を結ばないものはみな、父が取り除き、実を結ぶも

「私はまことのぶどうの木、私の父は農夫である。 私につながっている枝で実を結ばないものはみな、父が取り除き、実を結ぶものはみな、もっと豊かに実を結ぶように手入れをなさる。 私が語った言葉によって、あなたがたはすでに清くなっている。 私につながっていなさい。私もあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、私につながっていなければ、実を結ぶことができない。 私はぶどうの木、あなたがたはその枝である。人が私につながっており、私もその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。私を離れては、あなたがたは何もできないからである。 私につながっていない人がいれば、枝のように投げ捨てられて枯れる。そして、集められ、火に投げ入れられて焼かれてしまう。 あなたがたが私につながっており、私の言葉があなたがたの内にとどまっているならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる。 あなたがたが豊かに実を結び、私の弟子となるなら、それによって、私の父は栄光をお受けになる。 父が私を愛されたように、私もあなたがたを愛した。私の愛にとどまりなさい。 私が父の戒めを守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、私の戒めを守るなら、私の愛にとどまっていることになる。 これらのことを話したのは、私の喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである。

そこで、イエスは彼らに答えて言われた。「よくよく言っておく。子は、父のなさることを見なければ、自分からは何もすることがで

そこで、イエスは彼らに答えて言われた。「よくよく言っておく。子は、父のなさることを見なければ、自分からは何もすることができない。父がなさることは何でも、子もそのとおりにする。 父は子を愛して、ご自分のなさることをすべて子に示されるからである。また、これらのことよりも大きな業を子にお示しになって、あなたがたは驚くことになる。 父が死者を復活させて命をお与えになるように、子も、自分の望む者に命を与える。 また、父は誰をも裁かず、裁きをすべて子に委ねておられる。 すべての人が、父を敬うように、子を敬うためである。子を敬わない者は、子をお遣わしになった父をも敬わない。 よくよく言っておく。私の言葉を聞いて、私をお遣わしになった方を信じる者は、永遠の命を得、また、裁きを受けることがなく、死から命へと移っている。 よくよく言っておく。死んだ者が神の子の声を聞き、聞いた者が生きる時が来る。今がその時である。 父が、ご自身の内に命を持っておられるように、子にも自分の内に命を持つようにしてくださったからである。 また、父は裁きを行う権能を子にお与えになった。子は人の子だからである。 このことで驚いてはならない。時が来ると、墓の中にいる者は皆、人の子の声を聞く。 そして、善を行った者は復活して命を受けるために、悪を行った者は復活して裁きを受けるために出て来るであろう。

賛歌。神殿奉献の歌。ダビデの詩。

主よ、あなたを崇めます

あなたは私をすくい上げ

私のことで敵を喜ばせることはあり

賛歌。神殿奉献の歌。ダビデの詩。 主よ、あなたを崇めます あなたは私をすくい上げ 私のことで敵を喜ばせることはありませんでした。 わが神、主よ、私があなたに叫ぶと あなたは私を癒やしてくださいました。 主よ、あなたは私の魂を陰府から引き上げ 墓穴に下る者の中から生かしてくださいました。 主に忠実な者たちよ、主をほめ歌え 聖なる御名に感謝せよ。 主の怒りは一時。 しかし、生涯は御旨の内にある。 夕べは涙のうちに過ごしても 朝には喜びの歌がある。 安らかなときには、言いました 「私はとこしえに揺らぐことなどない」と。 主よ、あなたは御旨によって 私を強固な山にしてくださいました。 しかし、御顔を隠されると、私はおじけました。 主よ、私はあなたに呼びかけます。 わが主に憐れみを乞い願います。 私が血を流し、滅びの穴へと下ることに 何の益があるでしょうか。 塵があなたに感謝し あなたのまことを告げるでしょうか。 お聞きください。 主よ、私を憐れんでください。 主よ、私の助けとなってください。 あなたは私の嘆きを踊りに変え 私の粗布を解き、喜びを帯とされました。 それは、心の底からあなたをほめ歌い 口をつぐむことのないためです。 わが神、主よ とこしえに、あなたに感謝します。

週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。

そこで

週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。 そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って、彼らに告げた。「誰かが主を墓から取り去りました。どこに置いたのか、分かりません。」 そこで、ペトロともう一人の弟子は外に出て、墓へ行った。 二人は一緒に走ったが、もう一人の弟子のほうが、ペトロより速く走って、先に墓に着いた。 身をかがめて中をのぞくと、亜麻布が置いてあるのを見たが、中には入らなかった。 続いて、シモン・ペトロも着いた。彼は墓に入り、亜麻布が置いてあるのを見た。 イエスの頭を包んでいた覆いは、亜麻布と同じ所には置いてなく、離れた所に丸めてあった。 それから、先に墓に着いたもう一人の弟子も中に入って来て、見て、信じた。 イエスが死者の中から必ず復活されることを記した聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかったのである。 それから、この弟子たちは家に帰って行った。 マリアは墓の外に立って泣いていた。泣きながら身をかがめて墓の中をのぞくと、 イエスの遺体の置いてあった所に、白い衣を着た二人の天使が、一人は頭の方に、一人は足の方に座っているのが見えた。 天使たちが、「女よ、なぜ泣いているのか」と言うと、マリアは言った。「誰かが私の主を取り去りました。どこに置いたのか、分かりません。」 こう言って後ろを振り向くと、イエスの立っておられるのが見えた。しかし、それがイエスだとは分からなかった。 イエスは言われた。「女よ、なぜ泣いているのか。誰を捜しているのか。」マリアは、園の番人だと思って言った。「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか、どうぞ、おっしゃってください。私が、あの方を引き取ります。」 イエスが、「マリア」と言われると、彼女は振り向いて、ヘブライ語で、「ラボニ」と言った。「先生」という意味である。 イエスは言われた。「私に触れてはいけない。まだ父のもとへ上っていないのだから。私のきょうだいたちのところへ行って、こう言いなさい。『私の父であり、あなたがたの父である方、また、私の神であり、あなたがたの神である方のもとに私は上る』と。」 マグダラのマリアは弟子たちのところに行って、「私は主を見ました」と告げ、また、主から言われたことを伝えた。

イスラエルの人たち、これから話すことを聞いてください。ナザレの人イエスこそ、神から遣わされた方です。神は、この方を通して

イスラエルの人たち、これから話すことを聞いてください。ナザレの人イエスこそ、神から遣わされた方です。神は、この方を通してあなたがたの間で行われた奇跡と不思議な業としるしとによって、そのことをあなたがたに示されました。あなたがた自身がご承知のとおりです。 このイエスを神は、お定めになった計画により、あらかじめご存じのうえで、あなたがたに引き渡されたのですが、あなたがたは律法を知らない者たちの手によって、はりつけにして殺したのです。 しかし、神はこのイエスを死の苦しみから解放して、復活させられました。イエスが死に支配されたままでおられるなどということは、ありえなかったからです。 ダビデは、イエスについてこう言っています。 『私は絶えず目の前に主を見ていた。 主が私の右におられるので 私は揺らぐことがない。 それゆえ、私の心は喜び 私の舌は喜び躍った。 私の肉体もまた希望のうちに安らう。 あなたは私の魂を陰府に捨て置かず あなたの聖なる者を朽ち果てさせない。 あなたは、命の道を私に示し 御前にいる私を喜びで満たしてくださる。』 きょうだいたち、先祖ダビデについては、彼は死んで葬られ、その墓は今日まで私たちのところにあると、はっきり言えます。 ダビデは預言者だったので、彼から生まれる子孫の一人を王座に着かせると、神が堅く誓ってくださったことを知っていました。 そして、キリストの復活について予見して、 『彼は陰府に捨て置かれず その肉体は朽ち果てなかった』と語りました。 神はこのイエスを復活させられたのです。私たちは皆、そのことの証人です。

兄弟たち、アブラハムの子孫の方々、ならびにあなたがたの中で神を畏れる方々、この救いの言葉は私たちに送られました。

エル

兄弟たち、アブラハムの子孫の方々、ならびにあなたがたの中で神を畏れる方々、この救いの言葉は私たちに送られました。 エルサレムに住む人々やその指導者たちは、イエスを認めず、また、安息日ごとに読まれる預言者の言葉を、イエスを裁くことによって実現させたのです。 そして、死刑に当たる理由は何も見いだせなかったのに、イエスを殺すようにピラトに求めました。 こうして、イエスについて書いてあることがすべて実現した後、人々はイエスを木から降ろし、墓に葬りました。 しかし、神はイエスを死者の中から復活させてくださったのです。 このイエスは、ご自分と一緒にガリラヤからエルサレムに上った人々に、幾日にもわたって姿を現されました。その人たちは今、民に対してイエスの証人となっています。 私たちも、先祖に与えられた約束の福音をあなたがたに告げ知らせています。 つまり、神はイエスを復活させて、私たち子孫のためにその約束を果たしてくださったのです。それは詩編第二編にも、 『あなたは私の子 私は今日、あなたを生んだ』と書いてあるとおりです。 また、神がイエスを死者の中から復活させ、もはや朽ち果てることがないようになさったことについては、 『私は、ダビデに約束した 確かな聖なるものをあなたがたに与える』と言われています。 ですから、ほかの箇所にも、 『あなたは、あなたの聖なる者を朽ち果てさせない』と言われています。 ダビデは、彼の時代に神の計画に仕えた後、眠りに就いて先祖の列に加えられ、朽ち果てました。 しかし、神が復活させたこの方は、朽ち果てることがなかったのです。 だから、兄弟たち、この方による罪の赦しが告げ知らされたことを知っていただきたい。そして、モーセの律法では義とされえなかったあらゆることから解放され、 信じる者は皆、この方によって義とされるのです。 ですから、預言者の書に言われていることが起こらないように、気をつけなさい。 『見よ、侮る者たち、驚け、滅び去れ。 私は、あなたがたの時代に一つの業を行う。 人が詳しく説明しても あなたがたには到底信じられない業を。』」

夕方になると、イエスは十二人と一緒に食事の席に着かれた。

一同が食事をしているとき、イエスは言われた。「よく言っておく

夕方になると、イエスは十二人と一緒に食事の席に着かれた。 一同が食事をしているとき、イエスは言われた。「よく言っておく。あなたがたのうちの一人が私を裏切ろうとしている。」 弟子たちは非常に心を痛めて、「主よ、まさか私のことでは」と代わる代わる言い始めた。 イエスはお答えになった。「私と一緒に手で鉢に食べ物を浸した者が、私を裏切る。 人の子は、聖書に書いてあるとおりに去って行く。だが、人の子を裏切る者に災いあれ。生まれなかったほうが、その者のためによかった。」 イエスを裏切ろうとしていたユダが、「先生、まさか私のことでは」と言うと、イエスは言われた。「それはあなたの言ったことだ。」 一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福してそれを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取って食べなさい。これは私の体である。」 また、杯を取り、感謝を献げて彼らに与え、言われた。「皆、この杯から飲みなさい。 これは、罪が赦されるように、多くの人のために流される、私の契約の血である。 言っておくが、私の父の国であなたがたと共に新たに飲むその日まで、今後ぶどうの実から作ったものを飲むことは決してあるまい。」 一同は賛美の歌を歌ってから、オリーブ山へ出かけた。

さて、イエスは総督の前に立たれた。総督がイエスに、「お前はユダヤ人の王なのか」と尋問すると、イエスは、「それは、あなたが

さて、イエスは総督の前に立たれた。総督がイエスに、「お前はユダヤ人の王なのか」と尋問すると、イエスは、「それは、あなたが言っていることだ」と言われた。 しかし、祭司長たちや長老たちから訴えがなされたときは、何もお答えにならなかった。 すると、ピラトは、「聞こえないのか。あんなにお前に不利な証言をしているのに」と言った。 しかし、総督が非常に不思議に思うほどに、イエスはどんな訴えにも一言もお答えにならなかった。 ところで、祭りの度に、総督は民衆の希望する囚人を一人釈放することにしていた。 時に、バラバ・イエスと言う名うての囚人がいた。 ピラトは、人々が集まって来たときに言った。「どちらを釈放してほしいのか。バラバ・イエスか。それともメシアと言われるイエスか。」 人々がイエスを引き渡したのは、妬みのためだと分かっていたからである。 ピラトが裁判の席に着いているとき、その妻が彼のもとに人をやって言わせた。「あの正しい人に関わらないでください。その方のために私は今日、夢で非常に苦しみました。」 しかし、祭司長たちや長老たちは、バラバを釈放して、イエスを死刑に処してもらうようにと群衆を説得した。 そこで、総督が、「二人のうち、どちらを釈放してほしいのか」と言うと、人々は、「バラバを」と言った。 ピラトが、「では、メシアと言われているイエスのほうは、どうしたらよいか」と言うと、皆は、「十字架につけろ」と言った。 ピラトは、「一体、どんな悪事を働いたというのか」と言ったが、群衆はますます激しく、「十字架につけろ」と叫び続けた。 ピラトは手の付けようがなく、かえって騒動になりそうなのを見て、水を取り、群衆の前で手を洗って言った。「この人の血について、私には責任がない。お前たちの問題だ。」 民はこぞって答えた。「その血は、我々と我々の子らの上にかかってもいい。」 そこで、ピラトはバラバを釈放し、イエスを鞭打ってから、十字架につけるために引き渡した。 それから、総督の兵士たちは、イエスを総督官邸に連れて行き、部隊の全員をイエスの周りに集めた。 そして、イエスの着ている物を剝ぎ取り、深紅の外套を着せ、 茨で冠を編んで頭に載せ、右手に葦の棒を持たせて、その前にひざまずき、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、侮辱した。 また、唾を吐きかけ、葦の棒を取り上げて頭を叩いた。 このようにイエスを侮辱したあげく、外套を脱がせて元の服を着せ、十字架につけるために引いて行った。 兵士たちは出て行くと、シモンという名前のキレネ人に出会ったので、この人を徴用し、イエスの十字架を担がせた。 そして、ゴルゴタという所、すなわち「されこうべの場所」に着くと、 胆汁を混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはなめただけで、飲もうとされなかった。 彼らはイエスを十字架につけると、くじを引いてその衣を分け合い、 そこに座って見張りをしていた。 イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王イエスである」と書いた罪状書きを掲げた。 同時に、イエスと一緒に二人の強盗が、一人は右にもう一人は左に、十字架につけられた。 そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスを罵って、 言った。「神殿を壊し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。」 同じように、祭司長たちも律法学者たちや長老たちと一緒に、イエスを侮辱して言った。 「他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。 彼は神に頼ってきた。お望みならば、神が今、救ってくださるように。『私は神の子だ』と言っていたのだから。」 一緒に十字架につけられた強盗たちも、同じようにイエスを罵った。 さて、昼の十二時から全地は暗くなり、三時に及んだ。 三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」という意味である。 そこに立っていた何人かが、これを聞いて、「この人はエリヤを呼んでいる」と言った。 するとすぐ、そのうちの一人が走り寄り、海綿を取って酢を含ませ、葦の棒に付けて、イエスに飲ませた。 ほかの人々は、「待て、エリヤが彼を救いに来るかどうか、見ていよう」と言った。 しかし、イエスは再び大声で叫び、息を引き取られた。 その時、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、地震が起こり、岩が裂け、 墓が開いて、眠りに就いていた多くの聖なる者たちの体が生き返った。 そして、イエスの復活の後、墓から出て来て、聖なる都に入り、多くの人に現れた。 百人隊長や一緒にイエスの見張りをしていた人たちは、地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、「まことに、この人は神の子だった」と言った。 またそこでは、大勢の女たちが遠くから見守っていた。イエスに仕えてガリラヤから従って来た女たちであった。 その中には、マグダラのマリア、ヤコブとヨセフの母マリア、ゼベダイの子らの母がいた。

一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山に面したベトファゲに来たとき、イエスは二人の弟子を使いに出そうとして、

言われた

一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山に面したベトファゲに来たとき、イエスは二人の弟子を使いに出そうとして、 言われた。「向こうの村へ行きなさい。するとすぐ、ろばがつないであり、一緒に子ろばのいるのが見つかる。それをほどいて、私のところに引いて来なさい。 もし、誰かが何か言ったら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。すぐ渡してくれる。」 それは、預言者を通して言われたことが実現するためであった。 「シオンの娘に告げよ。 『見よ、あなたの王があなたのところに来る。 へりくだって、ろばに乗り 荷を負うろばの子、子ろばに乗って。』」 弟子たちは行って、イエスが命じられたとおりにし、 ろばと子ろばを引いて来て、その上に上着を掛けると、イエスはそれにお乗りになった。 大勢の群衆が自分の上着を道に敷き、また、ほかの人々は木の枝を切って道に敷いた。 群衆は、前を行く者も後に従う者も叫んだ。 「ダビデの子にホサナ。 主の名によって来られる方に 祝福があるように。 いと高き所にホサナ。」 イエスがエルサレムに入られると、都中の人が、「一体、これはどういう人だ」と言って騒いだ。 群衆は、「この方は、ガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と言った。 それから、イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いしていた人々を皆追い出し、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けを覆された。 そして言われた。「こう書いてある。 『私の家は、祈りの家と呼ばれる。』 ところが、あなたがたは それを強盗の巣にしている。」 境内では、目の見えない人や足の不自由な人たちが御もとに来たので、イエスは彼らを癒やされた。 しかし、祭司長たちや律法学者たちは、イエスがなさった不思議な業を見、また、境内で子どもたちが叫んで、「ダビデの子にホサナ」と言うのを聞いて腹を立て、 イエスに言った。「子どもたちが何と言っているか、聞こえるか。」イエスは言われた。「聞こえる。『幼子や乳飲み子の口に、あなたは賛美の歌を整えられた』とあるのを、あなたがたはまだ読んだことがないのか。」 それから、イエスは彼らと別れ、都を出てベタニアに行き、そこでお泊まりになった。

ダビデの詩。

主よ、私の魂はあなたを仰ぎ見る。

わが神よ、私はあなたに信頼する。

私が恥を受けることがないように。

ダビデの詩。 主よ、私の魂はあなたを仰ぎ見る。 わが神よ、私はあなたに信頼する。 私が恥を受けることがないように。 敵が勝ち誇ることがないように。 あなたを待ち望む人も皆 恥を受けることがないように。 訳もなく裏切る者が恥を受けるように。 主よ、私にあなたの道を知らせ 行く道を教えてください。 あなたの真実によって導き 教えてください。 あなたこそ、わが救いの神。 私は日夜、あなたを待ち望んだ。 主よ、思い起こしてください あなたの憐れみと慈しみを。 それはとこしえからあるもの。 私の若き日の罪や背きを思い起こさず 主よ、あなたの慈しみにふさわしく あなたの恵みのゆえに 私を思い起こしてください。 主は恵み深く、正しい。 それゆえに、罪人に道を示す。 主は苦しむ人を公正に導き 苦しむ人に道を教える。 主の契約と定めを守る者にとって 主の道はすべて慈しみとまこと。 主よ、御名のゆえに 私の過ちをお赦しください。 それはあまりにも大きいからです。 主を畏れる人とは誰か。 主はその人に選ぶべき道を示す。 その魂は恵みのうちに宿り 子孫は地を受け継ぐ。 主はご自分を畏れる者と親しくし 彼らに契約を知らせる。 私の目は絶えず主に向かっている。 主は私の足を網から引き出す。 御顔を向けて、私に恵みを与えてください。 私は独り、苦しんでいます。 心の苦悩から解き放ち 苦難から私を引き出してください。 見てください、私の苦しみと労苦を。 取り除いてください、私の罪のすべてを。 見てください、どれほど私の敵が多く 残忍なまでに私を憎んでいるかを。 私の魂を守り、助け出し 恥をさらすことがないようにしてください。 私はあなたのもとに逃れます。 完全と正しさが私を守るように。 私はあなたを待ち望む。 神よ、すべての苦しみから イスラエルを贖い出してください。

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