というのは、多くの子たちを栄光へと導くために、彼らの救いの導き手を数々の苦しみを通して完全な者とされたのは、万物の存在の

というのは、多くの子たちを栄光へと導くために、彼らの救いの導き手を数々の苦しみを通して完全な者とされたのは、万物の存在の目標であり源である方に、ふさわしいことであったからです。 実際、聖とする方も、聖とされる人たちも、すべて一つの源から出ているのです。それゆえ、イエスは彼らをきょうだいと呼ぶことを恥としないで、 「私は、きょうだいたちに あなたの名を告げ知らせ 集会の中であなたを賛美しよう」と言い、 また、 「私は神に信頼する」と言い、さらにまた、 「見よ、私と 神が私に与えてくださった子たちがいます」と言われます。 そこで、子たちは皆血と肉とを持っているので、イエスもまた同じように、これらのものをお持ちになりました。それは、ご自分の死によって、死の力を持つ者、つまり悪魔を無力にし、 死の恐怖のために一生涯、奴隷となっていた人々を解放されるためでした。 確かに、イエスは天使たちを助けるのではなく、アブラハムの子孫を助けられるのです。 それで、イエスは、神の前で憐れみ深い、忠実な大祭司となって、民の罪を宥めるために、あらゆる点できょうだいたちと同じようにならなければなりませんでした。 事実、ご自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練を受けている人たちを助けることがおできになるのです。

イエスはまた言われた。「私は去って行く。あなたがたは私を捜すだろう。だが、あなたがたは自分の罪のうちに死ぬことになる。私

イエスはまた言われた。「私は去って行く。あなたがたは私を捜すだろう。だが、あなたがたは自分の罪のうちに死ぬことになる。私の行く所に、あなたがたは来ることができない。」 ユダヤ人たちが、「『私の行く所に、あなたがたは来ることができない』と言っているが、まさか自殺でもするつもりなのだろうか」と話していると、 イエスは言われた。「あなたがたは下から出た者だが、私は上から来た者である。あなたがたはこの世の者であるが、私はこの世の者ではない。 だから、あなたがたは自分の罪のうちに死ぬことになると、私は言ったのである。『私はある』ということを信じないならば、あなたがたは自分の罪のうちに死ぬことになる。」 彼らが、「あなたは一体、何者なのか」と言うと、イエスは言われた。「それは初めから話しているではないか。 あなたがたについては、言うべきこと、裁くべきことがたくさんある。しかし、私をお遣わしになった方は真実であり、私はその方から聞いたことを、世に向かって話している。」 彼らは、イエスが御父について話しておられることを悟らなかった。 そこで、イエスは言われた。「あなたがたは、人の子を上げたときに初めて、『私はある』ということ、また私が、自分勝手には何もせず、父に教えられたとおりに、話していることが分かるだろう。 私をお遣わしになった方は、私と共にいてくださる。私を独りにしてはおかれない。私は、いつもこの方の御心に適うことを行うからである。」 これらのことを語られたとき、多くの人がイエスを信じた。

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