十字架の言葉は、滅びゆく者には愚かなものですが、私たち救われる者には神の力です。

それは、こう書いてあるからです。

十字架の言葉は、滅びゆく者には愚かなものですが、私たち救われる者には神の力です。 それは、こう書いてあるからです。 「私は知恵ある者の知恵を滅ぼし 悟りある者の悟りを退ける。」 知恵ある者はどこにいる。学者はどこにいる。この世の論客はどこにいる。神は世の知恵を愚かなものにされたではありませんか。 世は神の知恵を示されていながら、知恵によって神を認めるには至らなかったので、神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになりました。 ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、 私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えます。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、 ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。 なぜなら、神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。 きょうだいたち、あなたがたが召されたときのことを考えてみなさい。世の知恵ある者は多くはなく、有力な者や家柄のよい者も多くはいませんでした。 ところが、神は知恵ある者を恥じ入らせるために、世の愚かな者を選び、強い者を恥じ入らせるために、世の弱い者を選ばれました。 また、神は世の取るに足りない者や軽んじられている者を選ばれました。すなわち、力ある者を無力な者にするため、無に等しい者を選ばれたのです。 それは、誰一人、神の前で誇ることがないようにするためです。 あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神によるのです。キリストは、私たちにとって神の知恵となり、義と聖と贖いとなられたのです。 「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりになるためです。

きょうだいたち、その時と時期がいつなのかは、あなたがたに書く必要はありません。

主の日は、盗人が夜来るように来るという

きょうだいたち、その時と時期がいつなのかは、あなたがたに書く必要はありません。 主の日は、盗人が夜来るように来るということを、あなたがた自身よく知っているからです。 人々が「平和だ。安全だ」と言っているときに、ちょうど妊婦に産みの苦しみが訪れるように、突如として滅びが襲って来るのです。決して逃れることはできません。 しかし、きょうだいたち、あなたがたは闇の中にいるのではありません。ですから、その日が盗人のようにあなたがたを襲うことはありません。 あなたがたは皆、光の子、昼の子だからです。私たちは、夜にも闇にも属していません。 ですから、ほかの人々のように眠っていないで、目を覚まし、身を慎んでいましょう。 眠る者は夜眠り、酔う者は夜酔います。 しかし、私たちは昼に属していますから、信仰と愛の胸当てを着け、救いの希望の兜をかぶり、身を慎んでいましょう。 なぜなら、神は、私たちを怒りに遭わせるように定められたのではなく、私たちの主イエス・キリストによって救いを得るように定められたからです。 主は、私たちのために死んでくださいました。それは、私たちが目覚めていても眠っていても、主と共に生きるためです。 ですから、あなたがたは、今そうしているように、互いに励まし合い、互いを造り上げるようにしなさい。

「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。

そして、すべての国の民がその前に集められると

「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。 そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、 羊を右に、山羊を左に置く。 そうして、王は右側にいる人たちに言う。『さあ、私の父に祝福された人たち、天地創造の時からあなたがたのために用意されている国を受け継ぎなさい。 あなたがたは、私が飢えていたときに食べさせ、喉が渇いていたときに飲ませ、よそ者であったときに宿を貸し、 裸のときに着せ、病気のときに世話をし、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』 すると、正しい人たちが王に答える。『主よ、いつ私たちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、喉が渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。 いつ、見知らぬ方であられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。 いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』 そこで、王は答える。『よく言っておく。この最も小さな者の一人にしたのは、すなわち、私にしたのである。』 それから、王は左側にいる人たちにも言う。『呪われた者ども、私から離れ去り、悪魔とその使いたちに用意してある永遠の火に入れ。 あなたがたは、私が飢えていたときに食べさせず、喉が渇いていたときに飲ませず、 よそ者であったときに宿を貸さず、裸のときに着せず、病気のとき、牢にいたときに、世話をしてくれなかったからだ。』 すると、彼らも答える。『主よ、いつ私たちは、あなたが飢えたり、渇いたり、よその人であったり、裸であったり、病気であったり、牢におられたりするのを見て、お仕えしなかったでしょうか。』 そこで、王は答える。『よく言っておく。この最も小さな者の一人にしなかったのは、すなわち、私にしなかったのである。』 こうして、この人たちは永遠の懲らしめを受け、正しい人たちは永遠の命に入るであろう。」

あなたの神、主があなたに相続地として与える地に入り、それを所有し、そこに住むときには、

あなたの神、主が与える地で取れ

あなたの神、主があなたに相続地として与える地に入り、それを所有し、そこに住むときには、 あなたの神、主が与える地で取れた、その土地の実りの初物すべてを取って籠に入れ、あなたの神、主がその名を置くために選ぶ場所に行きなさい。 あなたは、その時任に就いている祭司のところに行き、「今日、私はあなたの神、主に報告いたします。主が私たちに与えると先祖に誓われた地に来ました」と言いなさい。 祭司は、その籠をあなたの手から受け取り、あなたの神、主の祭壇の前に供える。 あなたは、あなたの神、主の前でこう言いなさい。「私の先祖はさすらいのアラム人でしたが、少数の者と共にエジプトに下り、そこに寄留しました。そしてそこで強くて数の多い、大いなる国民になりました。 そんな私たちをエジプト人たちは過酷に扱い、苦しめ、つらい労役を課しました。 私たちが、私たちの先祖の神、主に叫び求めますと、主は、私たちの声を聞き、私たちが受けた苦しみと労苦と虐げを見て、 力強い手と伸ばした腕、大いなる恐るべき業としるしと奇跡とをもって、私たちをエジプトから導き出してくださいました。 そして、この場所に導き入れ、乳と蜜の流れるこの地を与えてくださいました。 主よ、御覧ください。今、あなたが私に与えてくださった土地の実りの初物を持って参りました。」あなたはそれを、あなたの神、主の前に供え、あなたの神、主の前にひれ伏し、 あなたの神、主があなたとその家に与えられたすべての恵みを、あなたと、レビ人と、あなたの中にいる寄留者と共に楽しみなさい。 十分の一を納める三年目に、すべての収穫の十分の一を納め終わって、レビ人、寄留者、孤児、寡婦にこれを施し、彼らが町の中で食べて満足したとき、 あなたは、あなたの神、主の前でこう言いなさい。「私は聖なるものを家から取り出し、すべてあなたが命じられた戒めに従って、レビ人と寄留者、孤児と寡婦に与えました。私はあなたの戒めに背いたり、それを忘れたりはしませんでした。 それを喪中に食べたり、汚れているときに取り出したり、死者に供えたりもしませんでした。私の神、主の声に聞き従い、すべて、あなたが命じられたとおりに行いました。 あなたの聖なる住まいである天から見下ろして、あなたの民イスラエルを祝福し、あなたが私たちの先祖に誓われたとおりに、私たちに与えてくださった土地、乳と蜜の流れる地を祝福してください。」

あなたは、毎年、畑に種を蒔いて得るすべての収穫から、必ず十分の一を取り分けなさい。

あなたの神、主の前、すなわち主がそ

あなたは、毎年、畑に種を蒔いて得るすべての収穫から、必ず十分の一を取り分けなさい。 あなたの神、主の前、すなわち主がその名を置くために選ぶ場所で、あなたの穀物や新しいぶどう酒、新しいオリーブ油の十分の一と、牛や羊の初子を食べなさい。あなたが、あなたの神、主を常に畏れることを学ぶためである。 しかし、あなたの神、主があなたを祝福しても、あなたの神、主がその名を置くために選ぶ場所が遠く離れ、その道のりが長すぎて、それを携えて行くことができないなら、 あなたはそれを銀に換え、その銀を携え、あなたの神、主が選ぶ場所に向かい、 その銀であなたの望むもの、すなわち、牛でも羊でもぶどう酒でも麦の酒でも、何でもあなたの好きなものを求め、あなたの神、主の前で食べ、あなたも家族も楽しみなさい。 また、あなたの町の中にいるレビ人を見捨ててはならない。レビ人にはあなたのような割り当て地や相続地がないからである。 あなたは、三年の終わりごとに、その年の収穫の十分の一をすべて取り分け、町の中に置かなければならない。 あなたのような割り当て地や相続地のないレビ人や、あなたの町の中にいる寄留者、孤児や寡婦がやって来て食べ、満足するようにしなさい。そうすれば、あなたの神、主はあなたの行った手の業すべてを祝福されるであろう。

それで、私は、あなたのなすべきことを、キリストにあって極めて率直に命じてもよいのですが、

むしろ、愛のゆえにお願いしま

それで、私は、あなたのなすべきことを、キリストにあって極めて率直に命じてもよいのですが、 むしろ、愛のゆえにお願いします。年老いて、今はまたキリスト・イエスの囚人となっている、この私パウロが、 獄中で生んだ私の子オネシモのことで、あなたに頼みがあるのです。 彼は、かつてはあなたにとって役に立たない者でしたが、今は、あなたにも私にも役立つ者となっています。 そのオネシモをあなたのもとに送り返します。彼は私の心そのものです。 本当は、彼を私のもとにとどめて、福音のゆえに獄中にいる間、あなたにではなく私に仕えてもらいたいと思ったのですが、 あなたの承諾なしには何もしたくありません。あなたの善い行いが強制されたものではなく、自発的なものであってほしいと願うからです。 彼がしばらくの間あなたから離れていたのは、恐らく、あなたが彼を永久に取り戻すためであったのでしょう。 もはや奴隷としてではなく、奴隷以上の者、愛する兄弟としてです。オネシモは、とりわけ私にとってそうですが、あなたにとってはなおさらのこと、一人の人間としても、主を信じる者としても、愛する兄弟であるはずです。 ですから、あなたが私を仲間と見なしてくれるなら、オネシモを私と思って迎え入れてください。 また、彼があなたに何か損害を与えたり、負債を負ったりしていたら、それは私の借りにしておいてください。 私パウロが自分の手でこう記します。私が返済します。あなたが自分を、私に負うていることは、言わないでおきましょう。 そうです。兄弟よ、私は主にあって、あなたから喜びを得たいのです。キリストにあって、私の心を元気づけてください。 私はあなたが聞き入れてくれると確信して、この手紙を書きました。私が言う以上のことさえもしてくれるでしょう。 同時に、私のために宿の用意もしておいてください。あなたがたの祈りによって、そちらに行かせてもらえるように望んでいるからです。

使徒たちはイエスのところに集まって来て、自分たちが行ったことや教えたことを残らず報告した。

イエスは、「さあ、あなたが

使徒たちはイエスのところに集まって来て、自分たちが行ったことや教えたことを残らず報告した。 イエスは、「さあ、あなたがただけで、寂しい所へ行き、しばらく休むがよい」と言われた。出入りする人が多くて、食事をする暇もなかったからである。 そこで、一同は舟に乗って、自分たちだけで寂しい所へ行った。 ところが、多くの人々は彼らが出かけて行くのを見て、それと気付き、方々の町から徒歩で駆けつけ、彼らより先にそこに着いた。 イエスは舟から上がり、大勢の群衆を見て、飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ、いろいろと教え始められた。 そのうち、時もだいぶたったので、弟子たちが御もとに来て言った。「ここは寂しい所で、もう時も遅くなりました。 人々を解散し、周りの里や村へ行ってめいめいで何か食べる物を買うようにさせてください。」 イエスはお答えになった。「あなたがたの手で食べ物をあげなさい。」弟子たちは、「私たちが二百デナリオンものパンを買いに行って、みんなに食べさせるのですか」と言った。 イエスは言われた。「パンは幾つあるのか。見て来なさい。」弟子たちは確かめて来て、言った。「五つあります。それに魚が二匹です。」 イエスは弟子たちに、皆を組に分けて、青草の上に座らせるようにお命じになった。 人々は、百人、五十人ずつまとまって腰を下ろした。 イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで祝福し、パンを裂いて、弟子たちに渡しては配らせ、二匹の魚も皆にお分けになった。 人々は皆、食べて満腹した。 そして、パン切れと魚の残りを集めると、十二の籠いっぱいになった。 パンを食べた人は、五千人であった。

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