こういうわけで、私はあなたに注意したいのです。私が手を置いたことによってあなたに与えられた神の賜物を、再び燃え立たせなさ

こういうわけで、私はあなたに注意したいのです。私が手を置いたことによってあなたに与えられた神の賜物を、再び燃え立たせなさい。 神が私たちに与えてくださったのは、臆病の霊ではなく、力と愛と思慮の霊だからです。 ですから、私たちの主を証しすることや、私が主の囚人であることを恥じてはなりません。むしろ、神の力に支えられて、福音のために、苦しみを共にしてください。 神が私たちを救い、聖なる招きによって呼び出してくださったのは、私たちの行いによるのではなく、ご自身の計画と恵みによるのです。この恵みは、永遠の昔にキリスト・イエスにあって私たちに与えられ、 今や、私たちの救い主キリスト・イエスが現れたことで明らかにされたものです。キリストは死を無力にし、福音によって命と不死とを明らかに示してくださいました。 この福音のために、私は宣教者、使徒、教師に任命されました。 そのために、私はこのような苦しみを受けているのですが、それを恥じてはいません。私は自分が信じてきた方を知っており、私に委ねられたものを、その方がかの日まで守ることがおできになると確信しているからです。 キリスト・イエスにある信仰と愛をもって、私から聞いた健全な言葉を手本としなさい。 あなたに委ねられた良いものを、私たちの内に宿っている聖霊によって守りなさい。

そこで、ペトロは口を開きこう言った。「神は人を分け隔てなさらないことが、よく分かりました。

どの民族の人であっても、神

そこで、ペトロは口を開きこう言った。「神は人を分け隔てなさらないことが、よく分かりました。 どの民族の人であっても、神を畏れて正しいことを行う人は、神に受け入れられるのです。 神は、イエス・キリストを通して御言葉をイスラエルの子らに送り、平和を告げ知らせてくださいました。このイエス・キリストこそ、すべての人の主です。 あなたがたは、ヨハネが洗礼(バプテスマ)を宣べ伝えた後に、ガリラヤから始まってユダヤ全土に起きた出来事をご存じでしょう。 つまり、ナザレのイエスのことです。神はこの方に聖霊と力を注がれました。イエスは、方々を巡り歩いて善い行いをなし、悪魔に苦しめられている人たちをすべて癒やされたのです。それは、神が共におられたからです。 私たちは、イエスがユダヤの地方とエルサレムでなさったことすべての証人です。人々はイエスを木に掛けて殺しましたが、 神はこのイエスを三日目に復活させ、人々の前に現してくださいました。 しかし、それは民全体に対してではなく、前もって神に選ばれた証人、つまり、イエスが死者の中から復活された後、食事を共にした私たちに対してです。 そしてイエスは、ご自分が生きている者と死んだ者との審判者として神から定められた者であることを、民に宣べ伝え、力強く証しするようにと、私たちにお命じになりました。 イエスについては、預言者も皆、この方を信じる者は誰でもその名によって罪の赦しが受けられる、と証ししています。」 ペトロがこれらのことをなおも話し続けていると、御言葉を聞いている一同の上に聖霊が降った。 割礼を受けている信者で、ペトロと一緒に来た人は皆、異邦人にも聖霊の賜物が注がれたのを見て、驚いた。 異邦人が異言を語り、神を賛美しているのを聞いたからである。そこで、ペトロは、 「この人たちが水で洗礼(バプテスマ)を受けるのを、誰が妨げることができますか。私たちと同様に聖霊を受けたのです」と言った。 そして、その人たちに命じて、イエス・キリストの名によって洗礼(バプテスマ)を受けさせた。その後、コルネリウスたちは、ペトロになお数日滞在してくれるように願った。

従って、今や、キリスト・イエスにある者は罪に定められることはありません。

キリスト・イエスにある命の霊の法則が、罪と死

従って、今や、キリスト・イエスにある者は罪に定められることはありません。 キリスト・イエスにある命の霊の法則が、罪と死との法則からあなたを解放したからです。 律法が肉により弱くなっていたためになしえなかったことを、神はしてくださいました。つまり、神は御子を、罪のために、罪深い肉と同じ姿で世に遣わし、肉において罪を処罰されたのです。 それは、肉ではなく霊に従って歩む私たちの内に、律法の要求が満たされるためです。 肉に従う者は肉のことを思い、霊に従う者は霊のことを思います。 肉の思いは死であり、霊の思いは命と平和です。 なぜなら、肉の思いは神に敵対し、神の律法に従わないからです。従いえないのです。 肉の内にある者は、神に喜ばれることができません。 しかし、神の霊があなたがたの内に宿っているなら、あなたがたは肉の内にではなく、霊の内にあります。キリストの霊を持たない者は、キリストに属していません。 キリストがあなたがたの内におられるならば、体は罪によって死んでいても、霊は義によって命となっています。 イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っているその霊によって、あなたがたの死ぬべき体をも生かしてくださるでしょう。

このようなわけで、私パウロは、あなたがた異邦人のためにキリスト・イエスの囚人となっています。

あなたがたのために私に与

このようなわけで、私パウロは、あなたがた異邦人のためにキリスト・イエスの囚人となっています。 あなたがたのために私に与えられた神の恵みの計画について、あなたがたは確かに聞いたはずです。 初めに手短に書いたように、啓示によって秘義が私に知らされました。 あなたがたは、それを読めば、私がキリストの秘義をどのように理解しているのかが分かります。 この秘義は、前の時代には人の子らには知らされていませんでしたが、今や霊によってその聖なる使徒たちや預言者たちに啓示されました。 すなわち、異邦人が福音により、キリスト・イエスにあって、共に相続する者、共に同じ体に属する者、共に約束にあずかる者となるということです。 神は、その力を働かせて私に恵みを賜り、この福音に仕える者としてくださいました。 この恵みは、すべての聖なる者のうちで最も小さな者である私に与えられました。キリストの計り知れない富を異邦人に告げ知らせ、 すべてのものを造られた神の内に永遠の昔から隠されていた秘義の計画がどのようなものであるかを、すべての人に明らかにするためです。 こうして、神の豊かな知恵が、今や教会を通して天上の支配や権威に知らされるようになったのですが、 これは、神が私たちの主キリスト・イエスにおいて実現してくださった永遠の計画に沿うものです。 キリストにあって、私たちは、キリストの真実により、確信をもって、堂々と神に近づくことができます。 だから、私があなたがたのために受けている苦難を見て、落胆しないでください。この苦難はあなたがたの栄光なのです。

人の子よ、あなたは私が語ることを聞きなさい。反逆の家のように逆らってはならない。口を開け、私が与えるものを食べなさい。」

人の子よ、あなたは私が語ることを聞きなさい。反逆の家のように逆らってはならない。口を開け、私が与えるものを食べなさい。」 私が見ていると、手が私に差し伸べられており、その手には巻物があった。 彼が私の前でそれを広げると、そこには表にも裏にも文字が書かれていた。書かれていたのは、哀歌と呻きと嘆きであった。 主は私に言われた。「人の子よ、あなたが見つけたものを食べなさい。この巻物を食べ、行って、イスラエルの家に語りなさい。」 私が口を開けると、主は私にその巻物を食べさせ、 言われた。「人の子よ、私が与えるこの巻物を食べ、それで腹を満たしなさい。」私がそれを食べると、口の中で蜜のように甘かった。 主は私に言われた。「人の子よ、さあ、イスラエルの家に行き、私の言葉を彼らに語りなさい。 あなたは、分からない言葉を話す舌の重い民にではなく、イスラエルの家に遣わされる。 聞き取れず、分からない言葉を話す、舌の重い多くの民にではない。もし、あなたをその民のところに遣わしたなら、彼らはあなたに聞き従う。 しかし、イスラエルの家はあなたに聞こうとはしない。彼らは私に聞こうとはしない。イスラエルの家はすべて額が硬く、心がかたくなだからだ。 今、私はあなたの顔を彼らの顔と同じように硬くし、あなたの額も彼らの額と同じように硬くした。 私はあなたの額を、岩よりも硬いダイヤモンドのようにした。彼らを恐れてはならない。彼らが反逆の家だからといって、彼らの前におののいてはならない。」 また主は言われた。「人の子よ、私があなたに語る言葉をすべて心に受け入れ、耳で聞きなさい。 そして、さあ、捕囚の人々、あなたの同胞のところに行って、語りなさい。彼らが聞こうと拒もうと、『主なる神はこう言われる』と言いなさい。」

すべてが一つの部分であったら、体はどこにあるのでしょう。

しかし実際は、多くの部分があっても、体は一つなのです。

目

すべてが一つの部分であったら、体はどこにあるのでしょう。 しかし実際は、多くの部分があっても、体は一つなのです。 目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。 それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。 私たちは、体の中でつまらないと思える部分にかえって尊さを見いだします。実は、格好の悪い部分が、かえって格好の良い姿をしているのです。 しかし、格好の良い部分はそうする必要はありません。神は劣っている部分をかえって尊いものとし、体を一つにまとめ上げてくださいました。 それは、体の中に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合うためです。 一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。 あなたがたはキリストの体であり、一人一人はその部分です。 神はご自身のために、教会の中でいろいろな人をお立てになりました。第一に使徒、第二に預言者、第三に教師、次に奇跡を行う者、その次に癒やしの賜物を持つ者、援助する者、管理する者、種々の異言を語る者などです。 皆が使徒でしょうか。皆が預言者でしょうか。皆が教師でしょうか。皆が奇跡を行う者でしょうか。 皆が癒やしの賜物を持っているでしょうか。皆が異言を語るでしょうか。皆がそれを解き明かすでしょうか。 あなたがたは、もっと大きな賜物を熱心に求めなさい。

だから、心に留めておきなさい。あなたがたは以前は肉において異邦人であり、いわゆる手による割礼を身に受けている人々からは、

だから、心に留めておきなさい。あなたがたは以前は肉において異邦人であり、いわゆる手による割礼を身に受けている人々からは、割礼のない者と呼ばれていました。 その時、あなたがたはキリストなしに生き、イスラエルの国籍とは無縁で、約束の契約についてはよそ者で、世にあって希望を持たず、神もなく生きていました。 しかし、以前はそのように遠く離れていたあなたがたは、今、キリスト・イエスにあって、キリストの血によって近い者となりました。 キリストは、私たちの平和であり、二つのものを一つにし、ご自分の肉によって敵意という隔ての壁を取り壊し、 数々の規則から成る戒めの律法を無効とされました。こうしてキリストは、ご自分において二つのものを一人の新しい人に造り変えて、平和をもたらしてくださいました。 十字架を通して二つのものを一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼしてくださったのです。 キリストは来られ、遠く離れているあなたがたにも、また近くにいる人々にも、平和の福音を告げ知らせてくださいました。 このキリストによって、私たち両方の者が一つの霊にあって、御父に近づくことができるのです。 ですから、あなたがたは、もはやよそ者でも寄留者でもなく、聖なる者たちと同じ民であり、神の家族の一員です。 あなたがたは使徒や預言者から成る土台の上に建てられています。その隅の親石がキリスト・イエスご自身であり、 キリストにあって、この建物全体は組み合わされて拡張し、主の聖なる神殿となります。 キリストにあって、あなたがたも共に建てられ、霊における神の住まいとなるのです。

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